はじめまして 2

はじめまして 2


 ルルーシュがリヴァルとシャーリーに出会ったのは7年前だ。

 9歳になってまもなく母親が交通事故で他界し、葬儀を済ませた後すぐに兄に連れられて日本へやって来た。

 完璧な兄に手を引かれるまま、日本での生活を始めたルルーシュ。衣食住のすべてにおいて困るようなこ

ともなく、初めてのことだらけの生活習慣や知らない土地での出来事はあったが、兄と過ごす時間は楽しか

った。  日本での生活も落ち着いた頃、ルルーシュは近くの小学校へ通うことになる。ブリタニアとは違う教育制

度。向こうでも学校には通っていたが、もともと集団で生活するのが好きではなかったルルーシュは当然嫌

がった。けれどこれから日本で暮らす上では避けて通れないし、なにより兄が嬉しそうな顔で学校で使う道

具一式を揃えてしまったので、仕方なくルルーシュはランドセルを背負い兄に手を引かれて登校した。まあ、

ルルーシュの性格に、早々と問題が発生したのはいうまでもなかったが。

 珍しい外国人の子供に加えて季節外れの転入、クラス中がルルーシュを遠巻きにしていた状態だった。し

かもルルーシュ自身が日本好きな兄の影響で日本語を勉強していて言葉を理解でき、話せるにもかかわらず

最初の挨拶に表情も変えず名前を言うだけで終わってしまったので、転校初日から妙な空気が流れていた。

 彼らはどう接したらいいのか分からなかっただけなのだろう。でもルルーシュはそんなこと関係なかった

し、話しかけてもらわなくてもそれはそれでよかったので気にもしていなかったのだが、周囲はそう思って

くれない。

 そんな中、流暢な日本語で声をかけてくれたのが同じくブリタニア人の二人だった。彼らは親の仕事の関

係で日本に来ていて、ブリタニアで過ごした時間より日本で過ごした時間の方が長いのだと、親しくなって

から教えてくれた。

 明るく気さくなリヴァルとシャーリー。自分の性格もあって、なかなか素直になれずに反発していたルル

ーシュが次第に二人と打ち解けることができていったのは、彼らが根気強く話しかけてくれたからだ。

 兄は当時を振り返り、ルルーシュが馴染めるか心配していたのだと言う。確かに小さい時のルルーシュは

内向的で人をあまり信用せず、兄と母以外の人間とは極力関わらないようにしていた。兄の言うことはもっ

ともである。

 その兄は母が亡くなった後は両親の代わりであった。父親は仕事を優先する人間で、ルルーシュは父親と

過ごした記憶をひとつも持っていない。生前母は、父のことをいつも忙しい人だから仕方ないのだと笑って

いたが、どうしてもルルーシュはそう思えなかったものだ。

 父とまともに会い、話したことはあっただろうか。  たぶん、あれが最初で最後だった。

 ブリタニア大企業社長夫人として、盛大な葬儀の準備を進める父と過ごしたあの短い時間が。

 母を失って悲しみにくれる息子達とは反対に、表情ひとつ変えることなく父はそこにいた。言葉を交わし

た数は片手で足りる。相変わらず仕事第一の父の携帯は鳴りやまず、そんな父に兄はますます不機嫌になり

怒りを募らせて、母の死を受け入れられず泣き続けるルルーシュをずっと抱きしめてくれていた。

 すべてを済ませ、仕事に戻っていこうとする父を兄が呼び止めたのは、母の葬儀からわずか数日後だ。そ

の時の煩わしそうな父の顔は忘れられない。今後のことを話す兄に、父が発したのは後は好きにするがいい

という言葉だけ。その時ようやくルルーシュは、兄がずっと父親を嫌っていた理由が分かった気がした。

 父親は現在もブリタニアに住んでいる。日本にルルーシュが来てから今まで一度も会ったことはなく、父

から連絡が来ることも、こちらかも連絡することもない。

 それでも父親からは毎年桁はずれの生活費が銀行に振り込まれ、兄は嫌そうな顔をしつつも割り切って使

っていた。兄は自分がバイトをしてもルルーシュがすることは許さなかったし、二人とも奨学制度を利用し

ていたとはいえ、お金はあって困るものではなかったからだ。

 特に兄は医者を目指していたのでどうしてもお金は必要だった。

 兄が家を開けるようになったのは、ルルーシュが中学に入ってからだ。もともと旅行が好きで、週末や長

期休みの度にルルーシュを連れて出かけていた。ルルーシュが大きくなり一人で行くようにもなるが、たい

ていはルルーシュも付き合った。さすがに医師免許を取得し病院に勤務してからは忙しさに無理だったよう

だが、兄が病院を辞めたとルルーシュに告げたその一週間後から家を開けるようになった。

 突然病院を辞めた理由をルルーシュは聞いたが、はぐらかすばかりで何も教えてくれない兄にルルーシュ

は何度目かで聞くことを止める。

 いつか兄の口から聞けるだろう。その時まで待とうと思った。


「さてっと…」


 最後の料理をテーブルの上に並べると、ルルーシュは壁時計を見た。ちょうど59分。


「そろそろ帰ってくるな。いつも6時ちょうどにチャイムを鳴らすからな、ゼロは…」


 小さな音を立てて秒針が回る。その音をききながら、ルルーシュは心の中でカウントする。



『6・5・4・3・2・1…』



 プルルルルルルルルル………

 ズシーン!!!!



   6時を告げる時計の音は、大きな音と振動、そして携帯電話のベルにかき消されてしまった。


「…?」


 何の音だろうか。雷が落ちたような、そんな感じだった。だが雷など鳴っていなかったはず。



 プルルルルルルルルル……



「え、ああ!電話、ゼロからの電話!!」


 さきほどから鳴り続けている音に慌てて携帯に手を伸ばす。このメロディはゼロ専用にしているものだ。


「ゼロっ」


 ルルーシュは慌ててボタンを押して名前を呼んだ。その様子に繋がった電話の向こうから小さく笑う声が

聞こえる。

 それは、心地よく耳に響く、ルルーシュより低い大切な兄の声。


「ルルーシュ元気だったか?ずっと電話に出ないから心配したぞ、何かあったのか?」

「俺は大丈夫だ。ゼロこそ変わりないか?電話に出るのが遅れたのはキッチンにいたからだ、心配ない。そ

れよりもどうして?ゼロ、どこにいるんだ?」


 いつもならもう家に着いているはずなのに。もしかして何かあったのだろうかと心配すれば、違うと返っ

て、ひとまず安心する。


「そのことでお前に謝らなければならないんだ。すまないルルーシュ、どうしても済ませておかないといけ

ない用事ができて、帰るのが先になってしまった」

「……そう、なのか」

「……本当にすまない、ルルーシュ。一週間くらいで帰れると思う」

「…ゼロ…」

「そんな悲しそうな声をしないでくれ。……許してくれるか?」

「ずるい…」 「…ルルーシュ」

「……分かってるくせに」

「ああそうだな。だから、甘えさせてくれ」


 帰ったら埋め合わせをするからと、兄が優しく言う。どんな顔をしているのか見なくても分かるルルーシュ

は、がっかりしている自分を考えないようにしながら努めて明るい声を出す。ゼロに心配はかけたくない。


「次はないからな」

「約束する」

「なら、いい」

「ありがとう、ルルーシュ。じゃあ一週間後に」

「ああ、気をつけてな」

「ルルーシュこそ気をつけてくれ」

「分かってる」

「ならいい。なあ、ルルーシュ」

「なんだ」

「楽しみにしているから」


 その言葉を最後に、電話が切れた。伝わらないように注意したつもりだが、兄はルルーシュのことなどお見

通しらしい。

 電話の向こうから痛いほどに兄の気持ちが伝わって、ルルーシュはどれだけ自分が落ち込んでいるかを知る。

そして自覚すればするほどショックは大きくなり、椅子に座った途端にすべてのやる気を失って行儀悪くテー

ブルにうつ伏せになった。

 そのテーブルの上には、一人では食べ切れない御馳走がある。


「俺一人じゃこんなに食べれない……」


 ルルーシュは呟いて、目を閉じようとした。しかし、ふと、電話と同時にあった大きな音と振動のことを思

い出す。


「…そういえば、さっきの音はなんだったんだ?」


 何故か、気になった。一度そう思ってしまうとさらに気になり始め、結局ルルーシュは体を起こして立ち上

がった。

 確かめてみよう。

 ルルーシュは急いで二階への階段を上る。兄が住むところに選んだのは賃貸ではなく、借家であるが一軒家

のために二人暮らしにしては広すぎる家だった。だから余った部屋は物置き部屋として使っているのだが、余

りすぎて有難いことに困っているのが現状だ。

 ルルーシュはその中から西側の部屋が一番周囲が見渡しやすいだろうと判断し、窓を開けた。もちろん明か

りはつけない。目を凝らして辺りを見回す。この辺はあまり住宅が密集していないので確認できる建物は少な

く、明かりがついている場所も数えるほどだ。共働きや独身が多いので、この時間はまだ帰っていないのだろう。

 周囲を確認するが、特に変わった様子はなかった。

 雷でもない。日はだいぶ落ちているが、空に異常は見られない。

 ではあの音は何だったのか、まさか気の所為かとルルーシュが右から左に目をやった先に、信じられないも

のがうつった。

 人影だ。

 てっきりあの音は雷が屋根に落ちたものだと思っていたルルーシュは、屋根の上に人がいることに一瞬、こ

こが二階だということを忘れそうになる。

 が、人影の妙な動きにはっと我に返った。片方の腕をかばっている。怪我をしているのか。この時期は日が暮

れるのが早いためかなり薄暗くて表情も見えず細かいところまで分からないが、そうだろうとルルーシュは思

う。

 大丈夫だろうかと、思わず身を乗り出した目前を、何かがかすった。


「!?」


 それは銃弾だった。

 驚きに目を見開くルルーシュに構うことなく、二発目の銃弾が近くの屋根にめり込む。その破壊力が恐ろしい。

幸いなのは、狙撃している人間がルルーシュに気付いて発砲したものではないということか。しかしそれが分

かったところで、どうしようもない。通常ではありえない出来事にただでさえイレギュラーに弱いルルーシュ

はますます混乱していくだけだ。

 焦るルルーシュに構うことなく、三発目の銃弾が撃ち込まれた。サイレンサーをつけているのだろう、音が

しないのでいつ弾が飛んでくるか予想ができない。けれど、これは近すぎる。このままでは危ないと思ってい

ても動けないルルーシュは、全身にびっしょりと嫌な汗をかいていた。

 時間にすれば数秒だろうが、体を倒していた人影が起き上がった。視線が絡み合う。くせ毛の髪に大きな瞳。

思ったよりも若い。相手の目が大きく開き、次いで舌打ちが聞こえた。

 気付かれた…!

 そうルルーシュが息を飲んだ瞬間、人影が動いた。自分に注意を向けさせるためにわざと相手に分かるように

走り出す。屋根の上を、危なげなく移動するたびにルルーシュとの距離が離れ、それを追うように複数の足音が

聞こえた。どんな運動神経をしているのだろう。怪我もしているはずなのに、それを感じさせない身のこなしで

人影は遠ざかっていく。しばらくすると完全に見えなくなった。

 それでもルルーシュは動かず、暗くなっていく辺りの様子を続けて伺って探していたが、ようやく諦めて窓

を閉めて鍵をかける。カーテンを引いて、真っ暗になった部屋で大きく息を吐き出した。

 体中の力が抜けるような感覚。そうとう力んでいたらしい。



   さっきのは何だったのか。

 何故狙われているのか。

 銃なんて素人にそう簡単に手に入るものじゃない。

 これは警察に知らせるべきか。

 いや、関わらないほうがいい、その方が身のためだ。

 銃なんて持っている人間だ。面倒に巻き込まれてはたまらない。

 だってゼロに迷惑をかけてしまう。




「……」

 ルルーシュはもう一度息を吐いて、頭を振った。考えるのは止そう。

 自分には関係のないことだ。

 けれど、どうしても気になってしまう。

 あの人影が。

 頭から離れない。


「…怪我をしていたな…」


 そう言葉にしたルルーシュは、自分でも意識しないうちに一階に下りて財布と携帯と家の鍵を持ち、玄関の

外に出ていた。

 きっと兄がこの姿を見たら怒るだろう。そう思いながら、ルルーシュは人影が消えた方向へ視線を向ける。

 この先には確か公園があったはずだ。


 いるかもしれない。


 ルルーシュは自分の行動の意味も理由も分からないまま、歩き出していた。








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