はじめまして
はじめまして
キーンコーン カーンコーン…
授業終了のチャイムが鳴ると同時にガタガタと椅子を引く音が教室で響く。
「今日はここまで。次までにしっかり復習しておくように」
教師がそう言って教室を出て行くと、緊張していた空気がとけてザワザワと声がしだす。少しすると部活動へ
行く者、帰る者と各自自由に席を立ち始めた。
「ルルーシュ」
騒がしい教室の中、大きく背伸びをして目の前の人物へと声をかける。彼にしては珍しく、慌ただしく教科書
を鞄に詰め込んでいるからどうしたのかと思ったのだ。
「…ん?ああ、リヴァルか。どうした」
動いていた手を止めるとルルーシュがリヴァルを振り返る。その顔は機嫌がとても良くて、リヴァルは驚いた。
「いや、すっげえ慌ててるから、どうしたのかと思ってさ」
「兄が帰ってくるんだ」
いつもならこんなに素直な返事が返ってくることはない。けれど、ルルーシュの世界はこの兄を中心に回って
いることを知っているリヴァルは、そのひと言であっさりと納得した。それほどまでにルルーシュの態度は変わる。
「今日だったのか」
「ああ」
「よかったな、ルルーシュ。だったら仕方ないか」
ルルーシュの兄であるゼロは、医師免許を持っているにもかかわらずそれを気にせず、ありとあらゆる場所を
旅しているのだ。その腕は確かで、どの病院でも引く手あまただったのに、何故か今はどこにも勤めていない。
ある日突然病院を辞めたと家族に告げたきり、その理由は弟であるルルーシュも知らないらしい。そんなゼロは
一度旅に出たら、短くて一週間、長いと数カ月も帰ってこないという調子なので、会えることが嬉しくて堪らな
いのだろう。
「何かあるのか?」
残念そうな声になっていないよなと思うリヴァルに、ルルーシュが首を傾げて聞いてくる。
「いやまあ、何があるってわけじゃないんだけどな」
「そういう言い方をされると、気になるだろうが」
「何が気になるの?」
ルルーシュが眉を寄せたところで、ひょいっと横から誰かが覗き込んできた。
「うわ、驚かせるなよ、シャーリー」
「え〜、普通に声かけただけだよ。ね、ルル」
「そうだな」
「でしょ。リヴァル大げさすぎ」
そういってわざと膨れたように笑うのは、クラスメイトであるシャーリー。てっきりもう水泳部に行ったのだ
と思っていたが、リヴァルの勘違いらしい。そういえば、今日の日直は彼女だったか。
「悪い悪い。あれ、相方は?」
「日誌を先生のところへ持って行ってるよ。ところで、何が気になるの?」
「え、ああ、まあ大したことじゃないんだ。ルルーシュが前に言っていた本を見かけたからって言おうとしただ
けで…って、ルルーシュ、その顔は止めろよな怖いから」
「何故もっと早く言わない」
「…言うタイミングを逃しただけじゃんか〜」
「もう、ルルったら。でもその本って、ルルが読むようなジャンルじゃないよね」
「当たり前だ。それを欲しがっていたのはゼロなんだから……って、うわ!!」
「な、なんだよ!?」
「な、なに!?」
「ゼロ!!」
「え、え?」
意味を理解できずにいるシャーリーに、事情の分かるリヴァルが説明してやる。
「あのな、ルルーシュの兄さんが帰ってくるんだってさ」
「え?お兄さんが?」
「そ、会ったことは一度もないけどな」
「へえ…そっかあ。やっと帰ってくるんだね。私も一度も会ったことないけど…今回は長かったよね?」
「そうだな…、もう半年になるな」
頷いて答えるルルーシュ。いつの間に詰めたのか、机の上にあった教科書が綺麗になくなっていた。
「どうしたんだよ、ルルーシュ。いつものお前にしてはえらく素早いじゃんか」
思わず、そう感想を漏らしたリヴァルに、ルルーシュがムッとした顔をする。
「どういうことだそれは。俺が鈍間のような言い方だな」
「でも、早くもないよね、ルルって」
「……シャーリー…」
悪気のないシャーリーの言葉に、ルルーシュが開きかけた口を閉じて肩を落とした。ダメージを与えられた彼
は反論する気力もないようで、その姿にリヴァルとシャーリーは顔を見合せて笑う。けれど、シャーリーが何気
なく目をやった先の壁時計をみて、声を上げた。
「あ!ルル時間っ、時間大丈夫!?」
「えっ?あああ!!い、今何時だ!?」
「4時ちょっと前だな」
「4時!?まずいっ…、悪いが帰らせてもらうぞ!リヴァル、本のことはメールに入れといてくれ、頼んだぞ」
右手に鞄を抱え、片方の手を上げて早口にそう言うと、ルルーシュは急いで教室を出ようとした。と、その瞬
間、踏み出した足が滑る。
「ほわあっ…」
ドテッ!!
鈍い音を立てて、ルルーシュが転んだ。
「ルル!?」
「あちゃあ…」
やる可能性はあるとは思っていたが、まさか本当にルルーシュが期待を裏切りもせずにやってのけたことに苦
笑せずにはいられない。リヴァルは小さく溜息をつき、慌てて駆け寄るシャーリーの後に続いてまだ起き上がっ
ていないルルーシュの元へ向かった。
「ルルっ、怪我はない?」
「ああ、大丈夫だ」
「気をつけろよ、ルルーシュ」
リヴァルの手を借りて体を起こしたルルーシュが、制服についた埃を払う。落ちた鞄をシャーリーから受け取
って心配する彼女に笑いかける。ほっと胸を撫で下ろす彼女に、心配かけてすまない、と彼が言った。
「リヴァルもすまなかった。気をつけるよ」
「その言葉を信じたいけどなぁ。それはルルーシュだし、仕方ないか。ほら、急がないと遅れるぞ」
「仕方ないってお前な…って、言っている場合じゃない」
またムッとしたルルーシュであったが、腕時計を見て焦り出す。準備がどうとか時間が足りないとか呟く彼は、
絶対に本人には言えないが面白い。
「悪い二人とも!じゃあな」
「ああ、また明日な。今度は転ぶなよ」
「大きなお世話だ」
「うん、また明日。お兄さんによろしくね、ルル」
「ありがとう、シャーリー。また明日」
また転ぶんじゃないかとハラハラさせる、ルルーシュの滅多に見れない全力疾走の後ろ姿を見送りながら、
シャーリーとリヴァルは手を振る。どうか無事に家まで辿りつきますように。きっと今、リヴァルとシャーリー
の考えていることは同じだろう。
「走っているんだか、いないんだか…」
「相変わらずだよね、ルルって」
リヴァルとシャーリーはお互いの言葉に深く頷いて、おかしそうに笑い合った。
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