はじめまして 3
はじめまして 3
勘だけを頼りに、スザクはあれからずっと執拗な追手をかわしながら走り続けていた。
途中、身を隠せる場所を見つけて飛び込む。息を殺して隠れるスザクの前を、いくつもの足音が
通り過ぎて行った。
遠ざかる足音。
戻ってくる気配はなく、スザクは安堵の息を吐く。けれど他にも仲間がいるかもしれず、まだ
安心はできないと意識を集中させた。
「…いい加減にしてほしいな」
10分ほどたったろうか。思わず、口から愚痴がこぼれた。
体力には人一倍自信があるとはいえ、これだけの時間どこから飛んでくるのか分からない銃弾
をかわし、予想もしない場所から受けているのだ。さすがのスザクも疲れを隠せず、息が切れて
こめかみから汗が流れ落ちる。それに神経を張り詰めている状況も正直きつい。
相手の目的は何か。
なぜ自分が狙われるのか。
全く分からない今の状況は神経をひどく消耗させ、体は休息を欲していた。
けれど、それ以上にスザクはひっかかることがあった。どこかおかしいと、違和感を感じ始め
ている。
スザクを襲った人間の数は最低でも5人。ご丁寧にサイレンサー付きの銃まで用意して、ス
ザクがこの街に入った途端に現れたのは一時間ほど前のことだ。ここに来るまで異常はなかった
ので、待ち伏せされていたのだろう。周囲に気付かれないように標的である自分だけを尾行する
人間は時間が経つにつれ増え、被害が出ないよう人がいる場所から遠ざかったスザクを相手はす
ぐさま攻撃してきた。
傷つけることが目的ではなく、どちらかといえば威嚇に近い攻撃だと気づいたのは早かった。
執拗な攻撃のわりに明確な殺意が感じられなかったからだが、だからこそよけいにスザクは混乱
し今に至る。
「…何がどうなっているんだか…」
スザクは溜息を吐き出して辺りを注意深くうかがった。そろそろ移動した方がいい。そう思い
立ち上がる。
が、遅かった。気づいた時にはすぐ近くに数人の男が立っていた。逃げ場を絶たれ動きを封じ
られる。やばいと思った瞬間、腹に強い衝撃を受けた。
「……っ」
スザクは見事に決まった相手の蹴りに顔を歪めて痛みに呻く。前のめりに体が倒れかけ、けれ
ど足を踏ん張り無様に倒れることは意地でさけた。
どうにか倒れずにはすんだが、気を抜いたらこのまま気絶してしまうだろう。スザクは痛みで
で霞む目に舌打ちして頭を振った。
少し痛みが治まってくる。
最初の一撃で勝負があったと思っていたらしい男達が感心したように口笛を鳴らす。完全に面
白がっているが、相手からは殺意が伝わってくる。
殺意があったりなかったり、分からないことばかりだ。ふざけるなと悪態をついて、スザクは
襲いかかってくる相手を間一髪でかわして反対に殴り返した。
一人、二人と殴り飛ばし、素早く残りの人数を把握する。じりじりと距離を測りながら、男達
の隙を探す。暗くてよく見えなかったが、手には鉄パイプのようなもの握っているではないか。
あれで殴られたらただでは済まない。
「性質が悪いね」
それでも銃よりは、マシだろうか。スザクは襲いかかる男をかわしてすっと屈むと、男の手
を下からおもいきり蹴り上げた。男の手から凶器が離れて宙を舞い、クルクルと回転して大きな
と共に落ちてそのまま地面を転がっていく。
その音に人が来ると厄介なことになるなと思いながら、痛みに蹲る男の襟首をつかんだ。
「目的はなんだ?」
誰に頼まれたと、そう聞くが、当然男は口を割ろうとしない。
スザクも期待はしていなかったので、痛みにうめき声を上げる男の襟首を持ち上げて腹にとど
めのいっぱつを食らわせた。
さっきの礼だ。
倍以上のお返しにはなっているが。
それから残った男達の相手をし、静かになったところでスザクは地面に座り込んだ。早くこの
場から去らないといけないが、体が言うことを聞かなかった。
とんだ災難だ。
日ごろの行いはいい方なのにとぼやきながら、スザクは乱れた呼吸を整えるために何度か大き
な深呼吸をする。
「さて、人がこないうちに離れないと…」
大きな音も立てたことだし、気がついた人間が様子を見に来るかもしれない。警察に通報され
たら困るとスザクは休息を訴える体を叱咤しつつ立ち上がった。重たい足を引きずるように公園
の入口へと歩き出す。
気がつけば辺りはすっかり闇に包まれ、明かりは街灯の光だけになっていた。ますますスザク
の気が滅入る。
「もう帰りたいよ…」
でも出来ないのだとスザクはうんざりしながら、ここに来た目的のために覚えた住所を記憶か
ら引っ張り出す。これから人に会わないといけないのだ。その前に家を探す必要があり、スザク
には残された時間は少ない。約束の時間まで一時間をきっている。
幸い、公園の外に人はいなかった。安心したがスザクだったが、運の悪い日はよくないことが
続けて起こるようだ。聞こえてきた足音にがくりと肩を落とす。
それが歩いている音ではなく走っていると分かって、ますますスザクの疲労が増した。
遅かったか。
スザクは不自然にならないよう気をつけながら歩き出す。進行方向がそちらなので、どうしも
会わないわけにはいかない。すぐに足音の持ち主と対面することになった。
来るならば近所のおじさんか最悪警察だと思っていたので驚く。
綺麗な人だった。
年はスザクと変わらないだろう。
だがそれよりも、身覚えのあるその人物に通り過ぎようとしたスザクは思わず足を止めた。表
情を取り繕うことも忘れてまじまじと見てしまい、不思議そうな顔をされる。
肩を上下させ、乱れた呼吸を整える少年。まさか自分を追ってきたのか。そうスザクは考えて、
警戒するが、どうしようかと答えを出す前に街灯の明かりに照らし出された相手の顔、――瞳に
囚われて頭がからっぽになる。
「あの…」
「…え…?あっ、そうだ、け、怪我はなかった!?」
だから何も考えずに言葉を出していた。ここに彼がいたら確実に馬鹿かと言われただろう。
けれど相手は気にする様子もなく、頷いた。その無防備な姿に、自身のことはひとまず棚に上
げてスザクは心配した。
普通はもっと警戒するだろう。
「はい、おかげさまで俺は何ともないですけど。あなたの方が怪我を…」
「え、ああ、大丈夫大丈夫。これは自分がドジってできたものだし」
避けられた銃弾だったのに、足元が悪いことを見落とした際に掠った傷のため血はずいぶん前
に止まっている。
「駄目だ!」
「は?」
「ほっとくと大変なことになる!手当しなくては駄目だっ」
「ちょ、ちょっと…!」
「帰るぞ」
突然ガラリと雰囲気を変えた少年はそう言いきると、強引にスザクの腕を引っ張って歩き出す。
「え、ええ!?」
慌てて腕を取り戻そうとするが、怪我をしている腕を見て痛そうに顔をしかめる相手にスザク
は強く出ることをためらった。
泣きそうな顔に、何も言えなくなったのだ。
まあ、このまま去るのは悪いと思うし。
それに自分の所為で怪我をするところだったし。
だから巻き込んでしまった責任はとったほうがいいよね。
なんていろいろ考えながら、結局のところ言い訳にすぎないスザクは自分でもよく分からない
感情を抱えて、自分の腕を掴んでいる少年の手と背中を交互に見る。
本当は早く彼と会わないといけないのだと思いつつ、スザクは住所は確かこのあたりなのだか
ら少年に場所を聞いてからでも遅くはないと理由をつけてごかましてみる。
「包帯の新しいのがあったはずだし、消毒液もこの前みたときは十分だったよな……」
ぶつぶつ言っている彼の背中と掴まれた腕の強さ。
だんだんスザクは考えるのが面倒になってくる。もともと頭脳労働は彼の役目で、自分は得意
じゃない。
よし、後に回そう。
指定された時間まではまだ時間がある。
大丈夫だ、たぶん。
スザクは少年に分からないように小さく呟いて、知らずに入っていた肩の力を抜いたのであった。
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