踏み出した先にあるもの 8
明るく照らされた道をひたすら歩き続け、ようやく辿り着いた部屋を目の前にしたルルーシュは、ほっと息をついた。
危険なことは何ひとつ起こらなかったが、普段より肩に力を入れていたせいか、体が痛い。先に進む前にゆっくり深呼
吸をしてから、ルルーシュは大きな扉に手をかけた。
ひんやりとした空気が、全身を包みこむ。神聖な場所ということは、足を踏み入れてすぐ分かった。
ざっと全体を見渡す。部屋は広いにもかかわらず、あるのは中央に置かれている祭壇だけのようだ。
「ルルーシュ見て」
「ああ」
二人の視線の先に、探していた物を見つける。香水の入れ物に似た、どこにでも売っていそうな小さなガラス瓶だ。そ
の中に無色透明の液体が入っていた。
あれを手に入れれば帰れるのだ。さっさと終わらしてしまおうと近づいたルルーシュは、けれどさっきまではいなかっ
た存在に目を見開いて固まる。驚愕するルルーシュを、二頭のライオンが祭壇の両脇からじっと見つめていた。
思わず体が後ろに下がり、肩がスザクにぶつかる。彼が訝しげに顔を向けてきた。
「ルルーシュ?」
不思議そうな表情をするスザクを見て、ルルーシュは何故そんなに平然としているんだと怒鳴りたい気持ちでいっぱい
だった。けれどうまく声が出ずに口は開閉するだけだ。
スザクは首を傾げながら祭壇とルルーシュを交互に見て、困ったように眉を寄せる。そんな様子を見てやっと、彼には
霊水しか見えていないのだと理解した。
幸いにも彼の態度で少し落ち着きを取り戻したルルーシュは、この状況をどう説明しようかと思う。ここは手っ取り早
く正直に話すのが一番かと判断し、スザクの名前を呼んだ。
「スザク、お前の目には何が見える?」
「何がって…、祭壇にある霊水だけだけど、もしかして違うの?」
「間違っていない。だが…」
「だが?」
「俺には他のものも、見える」
「…他にって、ルルーシュ?意味が分からないよ」
「ライオンだ」
「は?えっと…ちょっと待って、ら、らいおん?それってあの、ライオン?」
「そうだ。といっても、例えればそれに一番近いというだけで、正確には分からないけどな」
「いやいや、正確なことは別にいいから。でもライオンって…そんな、僕には何も見えないけど…」
困惑顔のスザクの視線が、祭壇に釘付けになった。当然彼には姿が見えないのだから、確認することはできないのだが。
「見えなくても、そいつらが俺達を睨んでいるのは事実だぞ」
「え!?」
「大きさは普通のライオンとは比べ物にならない」
「!?ルルーシュさがって!」
半信半疑だったスザクが、ルルーシュの一言で剣の柄に手をかけた。姿の見えない敵を睨みつける。あまりに素早い彼
の動きに呆気に取られたルルーシュは、気がついたら彼の背に庇われ、祭壇が見えなくなっていた。
「見えない…?スザクお前…、背が伸びたんだな」
背丈は変わらないくらいだったのに、と、あまりに場違いで呑気な呟きを漏らしたルルーシュをスザクが叱る。
「…ルルーシュ、現状を分かってる?」
「もちろん。霊水を両側から守ってる、ライオンに似た巨大な生き物がいるんだ」
そう答えてやると、ならそれなりの緊張感を持てと再び怒られた。何故だ。剣に手をかけたままのスザクの後ろで、ル
ルーシュはむくれた。
「そういうがスザク、こちらが何もしなければ攻撃はしてこないと思うぞ。でなければとっくに俺達はやられている。あ
れは侵入者用ではなく、霊水を奪う者が対象だ。それに……」
「誤魔化したね…。後でしっかり聞くから覚悟して。で、なんだい?」
「な、何を覚悟するんだっ」
「それは後でね。ルルーシュ続けて」
「え、あ…?」
「ルルーシュ先を」
「あ、ああ、それはだな、ここに導いたのがあいつらならば、俺達が霊水を手にしても問題はないということだ」
「考えられることではあるけど…。でもそれなら、僕は見えないからルルーシュだけってことになるね」
「じゃあ決まりだな。俺が霊水を取ってくる」
「ちょっと待って。もし違ったらどうするの?僕には姿が見えないから襲いかかってきたらどうしようもできない。
ルルーシュがなんとかできる?」
「無理だ」
日々ルルーシュなりに努力はしているが、これは無理というものだ。攻撃をかわすどころか、頭から食われておしまい
である。その前にあれが霊水の守り神なら、傷つけていいものかどうか。
「それは最初から期待してないからいいけど」
なら聞かなくてもいいだろう。睨むルルーシュにスザクが苦笑した。
「ごめんごめん。でもそうだな、このまま悩んでいてもって感じだし、ルルーシュの案でいこうか。僕も一緒に祭壇に上
がるから、もし襲いかかってきた時は、必ず僕を盾にして逃げて」
「そんなことをしたら、騎士の任を解いてやる」
命を捧げても構わないと宣言するスザクの腕を引いて、にっこりと笑う。さすがの彼も解任と聞いて顔を青ざめていたが、
そうなった場合における彼の行動を理解しているだけに、発言を撤回するつもりはなかった。
渋々頷いたスザクに満足して、ルルーシュは祭壇へと向かう。先に行こうとしたスザクを止めて、階段をのぼった。
「大丈夫そう?」
前方を見据えて、スザクが心配そうに聞いてきた。彼はどんなことが起こってもすぐ動けるように、神経を張り詰めて
いるようだ。口調は相変わらずのんびりとしているが、目は笑っていなかった。
ルルーシュはそんな彼を安心させるため、彼の腕に軽く触れる。
「心配ない。おとなしいものだ」
やはり、ここまでルルーシュを導いたのはこの守り神なのだ。それを裏付けるかのように、今まで四本の足で立ち霊水
の側から微動だにしなかった二頭が、ルルーシュが祭壇の前に立つと同時に後ろ足を屈めた。それはまるで、忠誠を誓う
姿にみえる。
「スザク、剣から手を離してくれ」
「でも…」
「いいから」
「…分かった」
ルルーシュの反論を許さぬ声に、スザクが頷いて手を離した。その彼に笑顔を向けて、そっと霊水の小瓶に両手を伸ばす。
電流が流れるわけでもなく、蛇や槍が降ってくるわけでもなく、まして壁や床が崩れることもない。霊水は無事に
ルルーシュの両手におさまった。
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