踏み出した先にあるもの 7




 何か見落としていることはないかとルルーシュが思った矢先、足が堅いものを踏んだ。


「…?」


 その感触に首を捻って、僅かに足を持ち上げる。その途端にカチリと何かがはまった音がして、静かな神殿

が大きな音を立てて揺れ始めた。


「な、なんだ!?」


 始めは小刻みだった揺れが、次第に大きなものへと変わる。立っていられなくなるほどの揺れに、ルルーシュ

は成す術もなく態勢を崩した。

 一際大きな音を立てて、床が割れる。


「ほわぁ…っ」

「ルルーシュ!」

「お決まりだなー」

「ジノ、緊張感が足りない」

 それぞれ異なった反応をしながら、ルルーシュ達はまっさかさまに落ちていった。ふわりと、誰かに体を抱き

込まれる。


 ―――スザクだ。


 けれど安心する間もなく、二人分の重みでさらに加速度を増して落下した。少しどころか、かなり心臓に悪い。

 確かこの手の展開は下に槍があり串刺しというのが定番だったりするんじゃないだろうか。それはごめんだと

ルルーシュは冷や汗を流しながら、スザクの体にしがみついてぎゅっと目を閉じた。


「…っ、ぁ…」


 全身に走る痛みに顔をしかめるも、五体満足の体に安堵の息を吐く。重い首をもたげて、土埃の舞う暗い空間

を見渡した。

 どのくらい落下したのだろうか。見上げようとしたルルーシュは、自分の体にしっかりと巻きついている手に

慌てて体を起こした。


「スザク!?だ、大丈夫か!」


 思ったより痛みも衝撃も少なかったのは、スザクが庇ってくれたからだった。急いで彼の全身をくまなく確認する。

 緩慢な動作で体を起こす彼は、けれど心配するような怪我はしておらず、ルルーシュはほっと胸をなでおろした。

 スザクは頭を振って軽く咳をし、髪や服についた土を簡単に払う。


「ルルーシュは大丈夫?怪我してない?」

「俺は大丈夫だ。お前が庇ってくれたおかげだな。お前こそ見た目は大丈夫そうだが、頭とか打ってないだろうな」

「ルルーシュに怪我がなくてよかった。僕は大丈夫。あれ…?僕達二人だけ?」


 落ちるときにすぐ近くにいたはずなのにと、スザクが呟きながら瓦礫まみれの床に落ちていた松明を拾い上げた。

周囲を確認して首を捻る。


「どうやら落ちた場所が違うみたいだな」


「そう…。でも二人なら心配ないね。なんといってもナイトオブラウンズだし」


 自分達みたいに罠が仕掛けられていない場所に落ちていればいいのだが。そう、心配するルルーシュを安心さ

せるようにスザクが明るい声を出した。笑顔に、訳もなく安心する。


「そうだな」

「うん。ところでずいぶん落ちたと思うんだけど、ここは地下かな?」

「たぶんな。しかしそのわりに豪華すぎるのが気になる。」


 ざっと見ただけでも、壁や床には傷ひとつ入っている様子はなかった。しかも壁にはたくさん奇妙な模様が彫

られている。これまでとは正反対だ。


「きっと、この近くに霊水があるんだね」

「おそらくそうだろう」


 気がつけば、松明の明かりが必要ないほど周囲が明るくなっていた。どうやって光が創り出されているのだろ

う。光に導かれるように、ルルーシュ達は歩き出す。


「明るいな」

「そうだね」


 途中で松明の火は消した。それがなくても十分見えるからだ。警戒を怠らないスザクの上着の裾を無意識のう

ちに掴んでいることに気づいたが、ルルーシュは迷いながらもそのままにして進んでいく。

 何分歩いただろうか。短かった気もするし、ずいぶん長い間歩いたような気もする。

 スザクが止まった。どうしたのかと前を見れば、行き止まりになっている。戸惑うルルーシュ達の前で、新し

い道が出現した。そこも光り輝き、まるで二人を誘っているかのようだ。


「スザク…」

「うん」

「これは…、呼ばれているのか?」

「そうとしか思えない。理由は分からないけれど。でも導いているのは間違いない」

「…理由が分からないのは気味が悪い。だが、この先に霊水があるな」

「そうだね」


 何者か知らないが、ここまでお膳立てされたら行くしかないだろう。示された方向に素直に従って、二人は右

に曲がった。二人が歩く先は火が灯るように明るくなる。

 それは本当に、不思議な光景だった。


「そういえば」

「なんだ?」

「うん、今更なんだけど。松明、あの落下でよく火が消えなかったなって思って」

「言われてみればそうだな」


 意味があると、そう考えてもいいのだろうか。


「あ、また分かれ道。…さっきと同じで片方だけ光ってる」

「…親切なことだな」


 今度も道が明るくなっている。不思議なことが続けば慣れてくるもので、少し前から緊張を解き始めたルルーシュ

は前を歩くスザクの上着から手をはなして横に並んだ。道幅も広がっているようだ。


「こんな時に変な話だが、お前がいてくれてよかったと思う」

「なんなの突然に」

「うまく説明できないが、安心するんだ」

 急な話題転換に驚いた顔をしていたスザクの顔が、次第に笑顔になっていく。


「なんでそんな顔になる?」

「それはもちろん、嬉しいから」

「だからどうして?」

「内緒、かな」


 スザクの表情にとくん、と胸が高鳴った。そのことに僅かな困惑と同時におこった動悸に混乱して、ルルーシュは

誤魔化すように足を早める。自分の発言の恥ずかしさに気づいて、顔から火が出そうになった。

 なんだろう、この、スザクへ向ける無条件の信頼や安心感以外の、もやもやとした感情は。けれどルルーシュはあ

えて目を逸らし、鳴りやまない心臓の音に内心舌打ちする。

 そうしなければ深みにはまっていきそうで、ルルーシュはこれ以上考えることを避けるために、「霊水霊水…」と

呪文のように唱えたのだった。





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