踏み出した先にあるもの 9
「ほら、スザク」
「お手柄だね、ルルーシュ。何もなくて本当によかった」
「だから大丈夫だって言っただろう。心配しすぎなんだ、お前は。さて無事に目的も果たしたことだし、帰るとするか。
ジノ達とも合流しないといけないしな…っと、その前に」
ずっと疑問に思っていたことを今聞いてみようと、先に階段を下りようとしていたルルーシュは顔だけを後ろに向ける。
きょとんと、瞬きをしてこちらを見ているスザクに笑いかけた。ちょうどいい、邪魔をする外野もいない。立ち止まった
ルルーシュにスザクが軽く首を傾げる。
「スザク」
「ん?」
今ここで聞くのもどうかと思ったが、不思議と答えてくれそうな気がして、ルルーシュはきちんと向き直った。深呼吸を
ひとつして、真っ直ぐスザクの目を見る。
「正直に答えてほしい」
「…?」
スザクの顔が戸惑いに変わった。
「お前、ここのところずっと隠していることがあるだろう。おっと、そんな顔をしても駄目だ、とっくに分かっているんだ
からな。俺では頼りにならないかもしれないが、聞いてやるから白状しろ」
言葉を挟む隙を与えないようにしゃべって、ルルーシュはスザクの返事を待つ。話している途中から渋い顔になった彼は、
どう答えていいものかと言葉を探しているようだった。
けれどスザクは首を横に振る。
「そうくるか、スザク」
「……」
名前を呼んでも彼は困ったように笑うだけで。けれどいつもならこれで折れるルルーシュは追撃の手を緩めるつもりはな
かった。いい加減、こっちもはっきりしないと気持ちが悪い。
何度か名前を呼ぶと、スザクは額に手を置いて溜め息を吐き出す。
「スザク」
「……」
「スザクっ」
「…言っても怒らない?」
「そんなにすごいことなのか?」
スザクがそこまで渋るなんて、いったいどんな問題をかかえているのだ。それに自分が怒るとはどういうことだろう。
「…じゃあ言うけど。でも聞いてから、やっぱり聞かなければよかったっていうのはやめてね。あと嘘だとか思うのも。す
ごく傷つくから」
しつこいほどに念を押すスザクを見ながら、ルルーシュは早まったかなと思いつつも了解の意味で神妙に頷いた。意を決
したスザクが真剣な表情でルルーシュを真っ直ぐ見つめる。
「ルルーシュ」
「な、なんだ」
「好きだ」
「……は?」
ルルーシュの中で、何かが音を立てて崩れた。返ってきた、予想とはかけ離れた言葉に目を見開く。
「え、え…と、…えええっ!?」
信じられない思いのままスザクを見上げた。苦しげに眉を寄せた、けれど真剣な瞳がルルーシュを射抜く。
「…す、すざく…?」
「なに、ルルーシュ」
「あ、の…」
「好きだよ、ルルーシュ」
「…す、すきって…」
ルルーシュは戸惑いに瞳を揺らした。
「好きで、君が好きすぎて。気持ちが止まらないんだ」
「…ほん、とうか…?」
「そうだよ。冗談で言えるほど、僕には余裕なんてないんだ。だから最初に言ったじゃないか、嘘だと思わないでって」
ルルーシュに正直に話してみろと言われたスザクは、さっきまで困惑げな顔をしていたくせに見事に開き直っていた。
ルルーシュにしてみれば自分が招いた結果なのだが、正直、言葉が出ない。出るはずも、ない。
「ちょ、ちょっと待て…」
「うん、待つよ」
「いや、そうじゃなくて…っ」
返事に困っているルルーシュを追い越して先に扉へとたどり着いたスザクは、薄情にも外に出ようとしていた。慌てて
追いかけて腕を掴むその手にスザクが苦笑しながら扉を開ける。
ジノとアーニャが驚いた顔をして立っていた。ここまで無事に辿り着けてよかったと思うが、今のルルーシュは二人に
意識を向ける余裕がない。
「やっぱり二人一緒だったか。無事でなによりです」
「…さっきは何をしても開かなかったのに」
「二人ともごめん、心配かけたね。見たところ怪我もないようだし、よかった」
「ジノ役立たずで、ここに来るまで時間がかかった。ルルーシュもスザクも無事、安心」
「ありがとう、アーニャ」
「ちょっとアーニャ、それはひどいんじゃないか?」
彼らのやりとりに反応を返さないルルーシュをアーニャが首を傾げて見上げてくる。相変わらず感情を出さない彼女の
顔にほんの少し心配そうな色が見えた。けれどルルーシュはそれを気にする余裕はなく、顔を俯ける。スザクの顔を見る
ことができなかった。
「ところで殿下、霊水は手に入れたんですか?…って、どうしたんです?顔が赤いですけど」
「ジノは黙ってて」
「アーニャ?前から思っていたけど、私にだけ冷たくないか?」
「気のせい」
「それはないだろ。明らかに違いがあるって」
「待ってるから」
ジノとアーニャの声は遠いのに、彼の声だけはっきり聞こえる。鼓膜を伝わって脳に直接響いてくる声に心臓が早くなる。
「…っ」
「殿下?スザクも何か様子が…」
「ジノ、邪魔」
「だからなんで!?」
「目的遂行したから帰る。これが霊水」
「おお!思ったよりも小さいんだな。この小瓶の中に入っているこれかあ」
見た目では全然分からないと笑うジノと、それを軽くあしらうアーニャが扉の向こうへ消えた。賑やかな声が、だんだん
と小さくなっていく。
「急がないから」
「す、ざく…」
「でも、返事は絶対にほしい」
「…俺は…」
「そろそろ帰ろうか、ルルーシュ」
言ってしまってすっきりしたようなスザクに促されるままに歩きだした。その時彼が触れた肩に心臓が、大きな音をたて
て跳ねる。
胸を抑え、神殿の外に出るために長い廊下を歩きながら、離れてしまった彼の温もりを残念だと思っている自分に動揺した。
真剣な様子と真摯な眼差しに、思考が追いつかない。告白されて驚いたけれど、嫌だと思う気持ちはなくてむしろ喜んで
いる、これが答えなのだろうか。そう思ってもいいのだろうか。
スザクの横顔をちらりと見やって、ルルーシュは溜息を吐きだす。いつもの調子に戻っている彼の笑顔が憎らしい。
「町に戻ったら、ルルーシュの行きたいところに付き合うよ」
「……っ」
スザクがルルーシュの手を握った。瞬時に熟れたトマトのように真っ赤になったルルーシュを動揺させ、さらに指に絡ま
せてくる。
あまりの羞恥に耐えきれず振り解こうと躍起になるが、吹き出したスザクに耳元で離さないと囁かれて耳だけじゃなく首
筋まで赤くなった。 繋いだ手が汗をかきはじめる。
「これくらい許してよ、ルルーシュ」
「お前…っ」
離せと言い続けるルルーシュに見せつけるよう、スザクが繋いだ手を持ち上げた。
「ルルーシュ」
「……」
「どうして返事してくれないの?」
できるか、馬鹿が!そんな彼の様子にルルーシュは声にならない叫びを上げる。
人の気も知らないで!
悔しさと恥ずかしさと、そして焦りで混乱する頭を抱えて、ルルーシュは元凶であるスザクを赤い顔で睨みつけたのであった。
END
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