踏み出した先にあるもの 2




 お茶の準備を終え、スザクはルルーシュと一緒に厨房を後にする。しばらくすれば、彼のために厨房をあけて

くれた料理人達が戻るだろう。

 ルルーシュの部屋にやってきた二人は、用意したお茶と焼き菓子をテーブルに置いた。いつものようにティー

ポットを持とうとするルルーシュに首を振って、スザクは訝しげな顔をする彼をソファに座らせる。

 きょとんと瞬きをして僅かに首を傾げたルルーシュに微笑むと、スザクは自分に任せてほしいと言った。驚い

た彼が、けれどすぐに笑顔になって頷いてくれる。


「緊張するなあ」

「今日は俺しかいないんだから、ゆっくりやってみろ」


 そう言われながら、スザクは教えてもらった時のことを思い出してカップに紅茶を注いだ。紅茶のよい香りが広がる。


「どう?」

「うまくなったじゃないか」

「…ほんと?」

「ああ、美味しいよ」

「よかった…」


 ほっと胸を撫で下ろした。といっても、茶葉も水の量もルルーシュが用意したのだから美味しくて当然である。

でもまあ、せっかく彼が褒めてくれたのだから素直に喜ぼう。


「ほら、お前も座れ」

「うん」


 次は自分で用意した紅茶を飲んでもらおうと心に決めて、スザクは向かい合うようにソファに座った。彼に聞

かれるまま数日間の出来事を話し、会えなかった時間を埋めていく。


「焼き菓子とってもおいしいよ、ルルーシュ」

「そうか?こっちは新作なんだ」

「どれどれ…美味しい!君はやっぱりすごいな」


 こんなルルーシュとの何気ないやりとりが、今更のようにすごく幸せだ。

 だからスザクは、彼の頬が僅かに赤くなっていることには気付かないふりをして、さっきとは違う種類の焼き

菓子を手に取る。


「そうだ」

「どうした?」

「うん、あのね、今日帰りに見た空がどんより曇ってたんだ。もしかして雪が降るかな」

「さあ、どうだろうな?でも今日はずいぶん冷えているし、雨が雪に変わる可能性はあるかもな」

「そっかあ」

「雪がいいのか?」

「雨は嫌だなって思うけど、雪はこう、なんていうのかな、ワクワクするじゃないか」

「まあ、否定はしない」

「でしょ」


 上手く表現できず曖昧な説明になるスザクに、ルルーシュが苦笑しながら頷いてくれる。


「君と一緒に見る雪なら、違うだろうね」


 するりと口から出てきた言葉、それに彼が目を大きくしてスザクを凝視した。手に持っていた焼き菓子が落ちる。


「ススス、スザ、ク…っ」

「どうしたの、ルルーシュ?」


 なんでそんなに驚くのだろう。不思議に思って首を傾げれば、真っ赤に染まった顔で慌てていた。


「…お前」

「え?」

「…いや、いい…」


 そう言葉を切って黙ってしまったルルーシュを行儀よく待ってみる。口を開閉させている彼はいきなり焼き

菓子を一枚掴むと、口に放り込んだ。非常に珍しい行動に目を丸くさせるスザクの前でもぐもぐと口を動かし

て咀嚼すると、冷めた紅茶を一気に飲みほした。

 テーブルの上のカップとルルーシュを交互に見て、紅茶を注ぎ足したほうがいいかと、しばし悩む。


「…スザク」

「え?なに、その顔。僕なにか変なこと言った?」

「お前が天然だってことを忘れるところだった」


 しみじみと呟かれて、ちょっとムッとした。人からよく指摘されるが、天然なのはむしろルルーシュの方だと、

スザクは言いたい。

 眉を下げて情けない顔になったスザクを彼が笑う。そうしたらもう、なんだか意味もなくおかしくなってきて、

スザクも笑いだしてしまった。

 結局、二人でひとしきり笑って、喉を潤すためにティーポットに残っていた紅茶を注いで口に含む。冷めてしま

っても、彼と飲むお茶は美味しい。


 もし、とスザクは考える。

 ここで彼に手を伸ばしたらどうなるだろう。頬に、唇に、そしてもっと奥深いところまで衝動のままに触れてし

まったら、自分達の関係はどう変化してしまうのか。


「スザク?」


 すぐ側で聞こえる声に、体が歓喜で震える。

 まっすぐに自分を見上げてくる瞳に吸い込まれそうになり、スザクは返事を返さずルルーシュの腕を掴んで引っ

張った。突然の行動にバランスを崩した体を正面から受けとめて、身じろぐ彼の肩に軽く額を押し付ける。


「…っ、なんだいきなり…」

「ルルーシュ」

「スザク?」


 名前を呼ぶだけでそれ以外は何も言わない自分に、手を伸ばして体を離そうとしていたルルーシュが溜息をつい

ておとなしく肩を貸した。力を抜いて好きにさせてくれる彼はいま、何を考えただろう。


「…特別だぞ」


 その言葉に、理由を見つけてもいいだろうか。


「ルルーシュ」

「なんだ、スザク」


 確かめるように、ゆっくりと彼の名前を呼んだ。かかる息にくすぐったそうにしながら、ルルーシュが律儀に返

事を返してくれる。


「ずっと側にいるから」

「当然だろ」


 おかしな奴だな、と笑う君がとても好きだ。

 自分と彼の立場は分かっている。それでもなお、日を追うごとに大きく膨らむこの想いの行きつく先は―――

 スザクは目を閉じて、ルルーシュの心音に耳を傾けた。





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