踏み出した先にあるもの




 好きだから、触れたい。

 そう思うことがこんなに辛いものだなんて、スザクは彼と会うまで分かっていなかった。




 スザクは荒々しい足取りで廊下を進んでいた。

 ルルーシュの側を離れて数日、ようやく城に戻ることができたスザクの機嫌は悪い。

 ルルーシュ自身本意ではなかったと分かっている命令でも、会えずにいた時間はスザクが

思っていたよりも苦痛を与えた。不機嫌を隠しもしない自分の珍しい様子を、すれ違う人々

が驚きの表情を浮かべて見送っている。

 早く彼に会いたい。顔が見たい。そればかりが頭を駆け巡る。

 分かっているのだ。これはスザクの問題であり、ルルーシュの側にはヴィ親子に絶対の忠

誠を誓っているジェレミア卿がいるために危険はない。ただ、自分の感情が納得できない、

それだけだ。

 スザクの歩く速度がさらに上がる。

 辿り着いた厨房に急いで入ると、そこにはルルーシュが一人だけだった。彼の姿を確認し

た途端、スザクは自分の機嫌が急上昇する。あからさまな変化だったのだろう、入口の外に

立っていたジェレミアが溜息を吐き出した。察しのよい彼は任せたと言い残し、背を向ける。


「ごめん、驚かしたね」


 久し振りのルルーシュに気持ちが高まる自分を苦笑しながら、突然現れたことで驚きの表

情を浮かべる彼の側に寄った。


 固まった彼の手から、茶葉の瓶が今にも落ちそうになっている。そっと手を添えてやると、

瞬きをしたルルーシュの体から力が抜けた。見上げてくる無防備な表情がどこか幼くて、ス

ザクは思わず手を伸ばして頭を撫でてみたくなった。


「…あ…いや…」


 相変わらず突然のことに弱いルルーシュの回復を待ちながら、スザクは彼の手から茶葉の

瓶を取って台の上に置く。そこには茶葉が入ったティーポットと、沸騰したばかりのお湯が

用意されていた。香ばしい匂いを辿れば、数種類の焼き菓子が皿にのっている。


「いい匂いだ」


 自然と出た言葉に、ようやく落ち着いたルルーシュの表情が柔らかくなった。彼は何にも

言わずに瓶の蓋を開け、ティーポットにもう少し茶葉を入れる。

    こうした彼の何気ない、それでいて不器用な優しさが嬉しい。スザクは慣れた手つきで食

器棚からティーカップとソーサーを出して、トレイにのせた。


「…早かったな」

「うん、頑張ったから」

「手は抜いていないだろうな?」

「まさか。ちょっと今回の話は強引だったと思うけど、民を守るのも仕事だし、最後の最後

まできっちりさせてもらったよ」

「そうか。御苦労だった、スザク」

「ありがとう、君のおかげだ。でも改めて感じたけど、皇帝陛下の君への溺愛ぶりはすごいね」

「迷惑なだけだ」

「そんな顔しないの、ルルーシュ」

「他にどんな顔になれと?」


 心底嫌そうに顔を歪められて、スザクは笑うしかない。どれだけ皇帝陛下がルルーシュへ

愛情を注ごうとも、当の本人には迷惑以外の何物でもないというのだから、全くもって報わ

れないとはこのことだ。


「君のことを心配しているんだから」

「知るか、あんなやつ。いちいち俺がすることに口を出してくるし、今回だって俺は必要な

いと言っているのに……まさか、お前を狙っているのか!?」


 冗談じゃない!と憤慨するルルーシュに、スザクはおもわず溜息をつく。どうやったらそ

の結論に至るのか、検討はずれもいいところだ。皇帝陛下はスザクに目をかけているのでは

なく、ルルーシュの騎士だから気にしているのであって、彼が思っているようなことはない。


「…本当に、自分のことには鈍いよね…」

「ん?何か言ったか?」

「ううん、こっちの話。ねえルルーシュ、もしそれが本当だったら、君は嫌だと思ってくれる?」

「当たり前だろうが!お前は俺の騎士だ。絶対にやらないからな!」


 考えるだけで腸が煮えくりかえりそうだ、と言い切ったルルーシュがティーポットに勢い

よく沸騰した湯を注いだ。火傷するじゃないかと慌てるスザクに、彼は不機嫌な顔のまま

ティーポットに蓋をしめている。

 それ以外の変化を見せないルルーシュは、自分の言葉がどれだけの破壊力を持っているか

気づいてもいない。らしいというか、なんというか、もっと違う反応を見せてほしかったと

思いながら、スザクは彼の横顔を見て小さく息をついた。






next→


NOVELS