君がいない

君がいない




 聖堂の中は、夜だというのに明るい光に包まれていた。

 いくつもの蝋燭が織りなすオレンジ色の光。それは厳粛でいて、不思議と優しく聖堂内にいる者たちを照らしている。

 その中で、スザクは入口でただ立ちつくしていた。揺れる炎の中にある光景に、悪い夢だと思いながら、けれどこれ

が現実だと自分に言い聞かせて立ち続ける。

 スザクの視線の先に、ナナリーがいた。彼女の前には祭壇と、そして棺がひとつ置かれている。その棺の中に、彼ら

のよく知る人物が眠っていた。

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。微笑みを浮かべたその顔は、ただ眠っているように見える。

 押し殺した嗚咽が、彼らから離れているスザクにも届いていた。泣き声にまじる名前を聞くたび、スザクは強く唇を

を噛みしめる。

 目を逸らしたかった。けれど自分に許されないことだと分かっているから、スザクは嘆く人々の声に耳を塞ぎたくな

る手を抑えてただひたすらに前を向き続けた。

 何故か、涙は出なかった。彼の体を刺したあの時を最後に泣くことができなくなった。

 でも構わない。彼のために、泣いてくれる人たちがこんなにもいるのだから。

 きっと、彼は知らなかっただろう。自分のことには疎い彼のことだ。彼を愛している人たちはたくさんいて、彼の死

死を悲しむ人たちがこれほど多くいることに。

 ナナリーが、最愛の兄の名前を呼んだ。そっと彼の頬へと手を添え、優しく頬を撫でて何度もその名を呼び続ける。

 誰も、声をかけることはできなかった。その姿に誰もが涙し、一番最初にコーネリアが、そして続いて他の者たち

が静かに聖堂から出ていく。

 扉の近くにいるゼロとしてのスザクにみな何かを言いかけてはそのままに、聖堂を後にしていった。

 残ったのは、ナナリーとスザクだけ。

 スザクも聖堂を出て扉を閉めようとした時、ナナリーに呼ばれた。ゼロではなく、スザクの名で。

 それはもう、死んだ者の名前だった。必要のないものだった。だから、スザクははっきりとした声で言う。


「私は、ゼロです。ナナリー皇女殿下」

「スザクさんは、悲しいですか?」


 けれどナナリーは、スザクの言葉を遮るように今度もはっきりと名前を呼ぶと、ゆっくり振り返った。

 涙に濡れているが、意志の強いまなざしがスザクに向けられる。

 スザクはそれがひどく彼のそれと重なって、息を止めた。

 ――怖いと、思った。


「悲しいですか?」


 彼女はその場から動いていないのに、スザクは彼女から距離を取ろうと無意識に足が後ろに下がっていた。自分が

閉めてしまった扉に踵がぶつかる。その間も、ナナリーの声はスザクへと向かってくる。


「私はまた、お兄様に守られていたのですね。覚悟を持って歩き出したはずだったのに、悲しい世界を変えたいと願

っていたのに、結局何ひとつ私はできなかった……っ」


   これ以上後ろにさがれない背中を扉に押しつけながら、そんなことはないと言いたかった。けれど自分にその資格

はなく、ただ首を振り続けるスザクにナナリーはゆっくりと目を閉じて両手で顔を覆う。低い嗚咽がもれた。声にな

らない彼女の叫びが、彼女の切ないほどの悲しみが、スザクに痛いほど突きささる。

 棺に眠る、ルルーシュ。

 その瞳が開くことはない。


 ―――会えない。


 そう、思った瞬間、

 スザクは乱暴に扉を開けて外に出た。そのまま扉を背にしてズルズルと座り込む。

 仮面が重かった。

 こんなにも重く、苦しい。


 ―――ルルーシュ


 スザクは情けなくも震える体を抱きしめて、もう二度と会えない彼の名前を心の中で呼び続けていた。





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