ぬくもり
ぬくもり
「…つかれた…」
朝から山となった書類とずっと格闘していたルルーシュは、今日中に決済が必要な分を終わらせ
たところでようやく、今日初めてペンを置くことに成功した。
いつにも増して疲労した体に、行儀が悪いと思いながらルルーシュは机の上にうつ伏せる。自分以
外はいないのだからいいだろう。そう言い訳しつつ、自然と落ちてくる瞼に従って目を閉じた。
一気に襲ってくる眠気。このまま眠ってしまったら、きっとスザクは怒るだろう。風邪を引いたら
どうするのだと言って。その様子が目に浮かぶ。
「駄目だ…眠い…」
このままだと本当に眠ってしまいそうだ。そう思うが体は正直で、次第に意識が薄れていく。だか
ら音もなく部屋に入ってきたスザクに気付かず、彼がルルーシュの姿を見た途端に眉を寄せたことも知らない。
「具合でも悪いの?」
「ほわぁ…っ!?」
いつの間にか側に来ていたスザクが肩に手を置いて声をかけてきた。急なことに驚いたルルーシュ
は、変な声を出してしまう。慌てて体を起こすとスザクの心配そうな目とぶつかって、急いで首を横に振った。
「だ、大丈夫だっ!」
「本当に?」
「本当だ!」
至近距離で見つめられて思わず目を逸らしたくなったが、今度は首を何度も縦に振る。眉を寄せた
まま、スザクがそれならいいけど…と小さく呟いた。けれど相変わらず顔は近い。いや、さらに近づい
ている気がする。
「あの、スザク…?」
「ルルーシュ」
「な、なんだ…!?」
納得したら離れるかと思ったのに、まさかキスされるのかと身構えた。しかしスザクは予想に反して何
もしてこない。どうしたことかと首を傾げようとして、突然にっこりと笑った彼に条件反射で固まった。
「…あの、ス、スザク…」
「何て顔してるの、ルルーシュ」
「いや…別に…」
だからその笑顔が怖いのだと、ルルーシュは思うが口にしない。
「まあいいや。じゃあこれから外に出よう」
「……はぁ?」
スザクについていけれずに、まぬけな声を出してしまった。わざとやっているんじゃないだろうな。
「だから、城下町へ行ってみようかって」
「ほ…本当に?」
「うん。だってルルーシュ、ずっと行きたがっていただろう?」
周囲が反対しても何度も、と続けるスザク。ルルーシュは思ってもみなかった展開を前にして、上
手く言葉を返せなかった。なんと言っていいか戸惑っている間、スザクは笑いながら自分の返事を
待っている。
どうせ、ルルーシュの返事など分かっているくせに。
「…最後まで反対していたのは誰だ」
「んー誰だったかな。あ、許しはもらってるよ」
「準備がいいことだな」
「でしょ。さすが僕」
「自分で言ってろ」
睨んでもスザクにはまったく効果がない。すっかり彼のペースで、最近こんなことが多すぎるなと
溜息をついて、ルルーシュは悔し紛れに目の前の顔を抓ってやった。
「痛いよ、ルルーシュ」
「なら、それなりの顔をしろ」
「無理いわないの」
それはそうだろう。力を入れているわけではないのだから当然だ。
しばらくスザクの頬で遊んでいたが、ルルーシュの気が済んだ頃を見計らって彼に両手を取られ
そのまま握りしめられた。
「街に出たいって言ってたけど、ルルーシュはどこに行きたいの?」
「そういえば、外に出たいばかりで特に決めてなかったな…」
「ルルーシュらしいね。でもそれじゃあ困るから、行きたい場所を考えてみて」
「そうだな……。あ、あそこは行ってみたいな。この前ナナリー達の話題に出ていた店だ」
「確か人気のケーキ屋の話だったよね。新作が出たとか言ってたっけ?」
「そうなんだっ」
「うん、なにせ今回の新作はルルーシュの大好きなプリンだもんね。それは絶対行かないと後悔するよ。他には?」
「……行ってみたい場所は、あるんだが…」
「場所にもよるけど。どこ?」
「露店を見て回りたいんだ。機会がないだろう、だから……」
さすがにこれは難しいだろうと分かっていながら、無理を承知でルルーシュは言ってみる。駄目で
もともとだ。
「そんな顔されたら困るけど…。いいよ、連れて行ってあげる。ただしっ、絶対に僕の側から離れないこと!」
「いいのか!?」
「なに驚いているの。もしかして反対するって思ってた?」
「ああ」
「正直だね。すごく心配だけど君のお願いだしね、今回だけ特別だよ。だから他の人には黙ってて」
次も町へ出たいなら、とウインクつきでスザクが笑う。
「スザク…」
「約束ね」
思いがけない言葉にスザクの名前を呼ぶが、その後が続かずにルルーシュは頷くだけだった。
―――本当に、自分に甘い男だ。
「ルルーシュ」
「なんだ」
「デートだね」
「……っ、だからどうしてお前はそう…っ!」
恥ずかしいことを言うんだと顔を真っ赤にして睨みつけるルルーシュの手に、スザクの手が重なってくる。
絡まる指。その手はどこまでも優しい。
「ねえルルーシュは?」
「…察しろ、馬鹿スザクっ」
高鳴る鼓動と湧き上がる愛おしさ。
嬉しそうに笑うスザクに、たいがい自分も甘いとルルーシュは心の中で思うのだった。
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