愛しかった人よ
否定された肯定
「彼」を失ってから一年。
自分の意志で得た地位と、それによって矛先を失った行き場のない気持ちにひどく苛立っていたスザクは夢を見た。
どこか知らない場所をただひたすら歩いていて、辺りは暗く唯一の明かりといえば満月に近い月の光だった。
闇に慣れた目に映る景色はなく、スザクが進むたびに足元から聞こえてくる砂を踏みしめる音と感触にどうやら室
内ではなく外にいるらしいと思うものの、それ以外はさっぱり分からない。
辺りに注意を払い慎重に進みながら何かないかと目を凝らしてみても、建物らしき物はおろか草木一本も見つける
ことはできなかった。
どれくらい歩いたのだろうか。
いい加減この状況にうんざりしていたスザクは、目の前に立っていた人影に咄嗟の判断が遅れた。
いつの間に現れたのか。気配も何も感じなかったとスザクは警戒心も露わに身構える。攻撃態勢をとり手は剣に
添え、相手を鋭く睨みつけた。
見たところ武器らしき物は持っていないが、スザクの本能が危険だと言っている。
二人の距離はさほどない。スザクが少し手を伸ばすだけで、相手の胸倉を掴むことができるくらいだ。拘束するの
は容易いだろう。だが男はただこちらを見ているだけで。こんなに近くにいるのに、顔が見えない。いや、確かに
見えているはずなのに分からない。
不気味だった。この状況が恐ろしかった。時間にすれば数分か、それとももっと短いのか。聞こえてくるのは自分
の乱れた呼吸音だけなのに、この緊張感、圧迫感。動きたいのに、動けない。スザクは嫌な汗をかいていた。
これ以上続けば意味もなく叫びだしてしまいそうだと思ったとき、人影が僅かに揺らぐ。右手がゆっくりと上がり
指先がこちらに向けられた。こちらを誘うような動きだと思う。
声が――声が聞こえた気がした。
思わず、スザクは目の前の人影に向かって手を伸ばしていた。頼りない月明かりの中で何故かそうしなければいけ
ないと必至になって。けれど、距離が縮まらない。焦るスザクとは反対に、人影はただ静かにこちらを見つめるだけだ。
そうするうちに、無常にも空間が歪みはじめた。視界が揺れる。消えていく。
スザクは、人影に向かって叫んでいた。
―――待ってくれ…っ!
スザクは自分の声で目を覚ました。
条件反射で周囲の状況を確認し、ここが自分の部屋だったことに安心して全身の力を抜く。額の汗をぬぐい、緩慢な
動作でベッドから体を起こした。
「嫌な夢だ…」
まるで何かを暗示しているかのような夢。胸に走った痛みに、両手を強く握りしめる。
そしてスザクは理解するのだ。自分が数時間前に見た夢の意味を。
――そう、エリア11で復活を遂げたゼロによって。
短編