スタートライン
スタートライン
いつもと違うスザクがそこにはいた。
ルルーシュの定位置となっている窓際の席。眩しくも暗くもなく、ちょうどいい感じの日差しが差し込むその席で
スザクが本を読んでいた。
自分が来たことに気づいていないようで、人の気配に敏感なスザクには珍しいと思いながら近づいていく。気づく
かと思ったが、本に集中しているのか顔を上げる様子もなかった。
何を読んでいるのだろう。
横顔しか見えない顔は、普段の彼とは違ってとても真剣で邪魔をするのが悪いような雰囲気を纏っている。
ページがめくられる音と自分と彼の僅かな息遣い。司書は席を外しているのか図書館にはルルーシュとスザクの二
人だけだ。
ルルーシュが声を掛けようか迷っていると、ふと、本を読んでいたスザクが顔を上げた。そしてルルーシュがいる
方向に顔を向ける。そのまま彼の視線が上がって、自分の姿を捕らえた途端に柔らかくなる彼の表情に、何故か分か
らないけれど肩の力が抜けた。
「スザク」
さきほどまで纏っていた空気が消えたことにひどくほっとして、ルルーシュはスザクの名前を呼ぶ。その声が合図
だったかのようにスザクが読んでいた本を閉じた。
「お疲れ。早かったね、もう少し遅くなると思ってた」
「そうか?まあいつもより時間がかかったとは思うが」
「そうなんだ。集中していたからかな、こんなに時間が経っているとは知らなかったよ。でも良かった」
「いつも言っているが、その顔はやめろ」
「だって君に会えて嬉しいんだから仕方ないでしょ?」
「…仕方ないってお前…」
普段からさらっとこういったことを口にするスザクに、どうしてもルルーシュは気恥ずかしく慣れることができない。だから
これ以上スザクが何かを言う前に本を取り上げた。すべてが風景写真集だ。活字本が一冊もないのが彼らしい
と、スザクに数冊残して背を向ける。
「待って、ルルーシュ」
「知るか」
ルルーシュは溜息をついて本棚に向かった。笑いながら言われても、少しも説得力がない。
「ルルーシュ」
「……」
「ルルーシュ」
「……」
「ルル」
「……っ、お前な…!」
そうは思ったものの、我慢の限界に後ろを振り向けば、嬉しそうなスザクの顔とぶつかり失敗したと内心舌打ち
した。本当に、スザクと一緒にいると調子が狂う。
「馬鹿が…」
小さく小さくスザクに聞こえないように呟いて、なんだってこんな男と一緒にいるだろうと思って、ルルーシュは
肩を落とした。
「…ルルーシュには」
「え?あ、すまん、聞いてなかった…」
「いつも余裕がないからね」
聞き取れるかあやしいくらいの小さい声。
「え…?」
「…だからね…」
聞き返すルルーシュにスザクが近づいて、そして唇に触れた何か。
それが彼の唇だと判ったときにはすでに彼は離れていて。瞬きすることも忘れて立ち尽くす。
「ルルーシュ」
「……ほあぁぁぁ……!?」
「早くしないと遅くなるよ」
「え…!あ、あの…」
「ほら、早く」
さっきのことが幻だったかのようにいつも通りのスザクに、ルルーシュは彼に促されるまま歩き出す。理解が追い
つかなくて混乱するルルーシュに何事もなかったように笑うスザク。ここが学校の、しかも図書館だとだということ
さえ忘れて、真っ赤な顔で前を歩くスザクを見つめる。
意味は、何だ?どういうことだ?頭を回るのはそればかりだ。
「す…すざく…さっきのって…」
「本気だから」
「……ほ、本気って…!?」
「ゆっくりでいいよ。待ってるから」
言葉が出なくてしどろもどろになるルルーシュにスザクがそっと手を取って口付けを落とした。
「…っ…」
ルルーシュは唇に残った甘さと落とされる口付けに、微かな痛みと疼く心を持て余す。
動けなかった。
手を振りほどくこともできないまま、もう一度近づいてきたスザクをぼーっと見つめながら、唇に触れたそれを受
け入れる。
さっきよりは長く、それでもすぐに離れていく彼の唇に最初から最後まで同じ姿勢で瞬きすら忘れて。
彼が少しばつが悪い顔をして苦笑したところで、ようやく瞬きをして我に返ったルルーシュは慌てて唇を両手で覆った。
これ以上ないくらいに顔が赤い。自然に潤んだ目でスザクを見れば、困ったように眉を寄せて見つめ返される。
「………」
「急にごめん。でも本当にルルーシュが好きだから」
混乱し何も言えないルルーシュに、そう言ってスザクが綺麗な微笑を浮べた。
今まで見たどの笑顔よりも綺麗な微笑み。
どきん、と大きく鼓動が波打つ。
「……っ…」
どうしよう。どうすればいい。
この甘く疼く痛みの意味を。甘く切なく湧き上がるこの想いを。
ぐるぐる頭で考えながら、治まらない頬の熱にルルーシュは顔を俯けるしかできない。
スザクからの真剣な思いに、言葉が浮かばない。
けれどルルーシュは、スザクからの告白を嫌だと思わないばかりか、反対に嬉しいとさえ感じている自分に気づいて
しまった。
喜んでいる自分を知ってしまった。
―――そう、すでに、緑色の深い瞳にとらわれていることに。
NOVELS