きっかけは突然に

きっかけは突然に




 自分だって憧れていないわけじゃない。

 その大事な日を好きな人と迎えたい、という気持ちくらいある。

 でもだからといって、まさかこんなことになるなんて!

 誰が予想するだろうか……





「ちょうど時間もいいし、お昼にしようかルルーシュ。何を食べる?」


 興味のあった映画を観終わったルルーシュ達は、ちょうど昼が近いこともあり、スザクの運転する車で移動していた。

 場所は決めていない。適当に走らせるスザクに任せて、ルルーシュは流れていく景色を見ている。


「何でもいい」

「それが一番困るんだよね」

「じゃあ、お前の好きなものでいい」

「ますます困る言い方やめて…。しかも前もそうだったし、今度は君の好きなのにしよう。ほら、考えて」

「面倒臭い……それなら…」

「食べなくていい、は駄目」

「……じゃあパスタで…ん?おいスザク、何だあの人だかりは」


 適当に答えていたルルーシュは、人だかりができているところを見つけて目を止めた。チャペルが見える。そういえば、このあたりに

教会があったような気がする。


「ああ、結婚式をしているみたいだね」

「すごい人だな」

「うんそうだね。もう終わりに近いみたいだ。ほら、新婦がブーケを持ってる。ちょっと行ってみようか」

「え?お、おい、スザク」


 ルルーシュが止める間もなく、スザクは教会に進路を変える。そのまま近くに車を置いて降りるので、ルルーシュは慌ててその後

を追った。追いついたスザクに声をかけようとして、やめる。

 参列者に祝福される新郎新婦を見ているスザクの横顔に、もやもやとした気持ちになったからだ。


「お前…」

「どうしたの?ルルーシュ」

「いや、何でもない」


 まさか、スザクが結婚する姿を思い浮かべて、面白くない気分になったなんて言えるわけがない。


「もっと近くで見てみよう」

「ほあ!?」


 返事をする前に強引に手を引かれて、ルルーシュはスザクと共に新郎新婦を祝福する参列者の輪に混ざることになった。

 それでも関係者ではないから少し離れて立つ。ルルーシュは困惑気な顔で新郎新婦とスザクの顔を見た。その一番の原因は手なのだ

が、スザクは気にしている様子はない。

 仕方なくルルーシュは、赤くなった顔を繋いでいない方の手で隠しながら、幸せの絶頂にいる新郎新婦に目を向けた。

 ふとルルーシュは、スザクならこの理由のわからない痛みにも似た気持ちに説明がつけれるだろうか、と思う。


「投げるよ」


 スザクが言い終わる前に、花嫁の手から放れたブーケは宙を舞った。

 我先に自分の物にしようと手を伸ばす女性達へと落ちてくるが、ブーケは人の手で作られたでこぼこした橋の上を危なっかしく渡ってなか

なか止まらない。

 壮絶な争奪戦に目を丸くして見ていたルルーシュは、次の瞬間予想もしなかった展開に驚きのあまり動きを止めて思わず凝視してしまった。

 同様に固まる女性たち。

 みんなの視線が、ある一人の人物に注目していた。

 時間にすれば大したことはないだろうが、その場にいる者全員が長いと感じた数秒後、ルルーシュは盛大に吹き出す。


「……ぷっ、あははは!」

「………」

「はは…っ、ス、スザク、お前…!」

「……ルルーシュ」


 笑い続けるルルーシュに、スザクがなんとも複雑で情けない顔をしていた。眉をハの字にして肩を落としている彼は、今の自分の気持ちをど

う言葉に表せばいいのか分からないようで、途惑った視線はルルーシュとブーケを行ったり来たりしている。

 そんなスザクの様子に、女性のみなさんがぴったりと息を合わせた長い長い溜め息を吐いた。

 まさか、狙っていたブーケが男の手に渡るとは思ってもみなかったという顔だ。

 次の花嫁候補が男になったのだから、彼女達のショックは計り知れないのだろう。これが冴えない男ならブーイングの嵐かもしれないが、

スザクは童顔とはいえ、整っている顔と均衡のとれた体つきなど、いわゆる美男子というものだから、女性たちも怒るに怒れないとばかりに

苦笑している。

 まあ、当の本人はかなり困り果てているようだが。


「次はお前の番か」


 なんとか笑いを抑え、ルルーシュは揶うようにスザクを見上げた。眉を寄せて手の中のブーケを見ていた彼は、その言葉にぴくりと反応する。

と思えば、少し考えた後にニヤリと口の端を上げた。

 面白いことを思いついたとばかりの顔に、ルルーシュは素早く危険信号をキャッチする。

 ……何か、よくないことが起きそうな気がする。


「スザク……?」

「じゃあ、相手は当然」


 ルルーシュだよね、と、スザクが口だけ動かしてルルーシュに手を伸ばした。彼の背中にとんでもなく黒いモノが見える、のは見間違いであっ

てほしい。


「……!」

「ね?」 

 成り行きを見守っている参列者たち。彼らを横目に嫌な汗が流れるのを感じながら、ルルーシュは頼むから新郎新婦の見送りを始めてくれと

心から願う。

 たったひと言のそれが、ひどく重たい。

 死ぬほど恥ずかしい。この場にいたくない。

 だけどスザクの満面の笑みに体が動かない。


   ―――逃げたい…!


 そう心の中で叫んで、ルルーシュはがっくりと肩を落としたのであった。





 そして後日。



「あ、の…スザク…?」

「これが僕の気持ち。もちろん、受け取ってもらえるよね?」

「………」

「ルルーシュ」


「ほあぁぁぁ!?」



 というやりとりがあったとか、なかったとか…。





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