愛しかった人よ

毎日がスペシャル




待とう、と決めていたのは嘘じゃないよ?

だって君は本当に本当に「超」がつくほど鈍くて、疎くて、恥ずかしがり屋だから、急ぎ過ぎるのは良くないって思ってた。

  でもね、もう限界なんだ。もっと側にいたいんだよ。君のことを考えると心臓がどきどきしていてもたってもいられない。

きっと君のいうとおり、僕はおかしいのかもしれないけど、知っているよルルーシュ。それでも君は僕のことが大好きだよね。

ねえだからさ、今回も許してくれるかな?




 いつもの席に彼はいた。

 すでに彼専用になってしまっている窓際の特等席で本を読んでいた。

その姿はまるで一枚の美しい絵画のようで、スザクは声をかけるのをためらってしまう。

彼の周りに積み上げられた数冊の本。きっとまた、スザクには難しすぎて理解できないものばかりだろう。彼は本当にいろ

いろな本を読むので、体を動かすことの方が好きなスザクは感心するばかりだ。


「お待たせ、ルルーシュ」


 いつまでも見惚れている場合じゃないと、スザクは慌ててルルーシュの元に行く。側に近づいても本に集中して気付かな

い彼は、スザクの声にゆっくりと顔を上げた。

 瞬きをして、読んでいた本を閉じる。


「長く待たせちゃって、ごめん」

「いや、構わない。読みたいと思っていた本があったし。それより、どうにかなりそうなのか?」

「うん、それは大丈夫。今回は特別に大目にみてくれるって。テストのかわりにレポートを出せば単位もくれるし」

「なんだ、それなら俺と変わらないじゃないか」

「同じじゃないよ、ルルーシュ。だって君は自分でそうしていて、僕は仕方なくなんだから。シャーリーが怒っていたよ」


 そうスザクが言っても、いつもの通りルルーシュは肩を竦めるだけだ。サボり癖は周囲がいくら注意しても直す気がない

のだからスザクもお手上げ状態で、それなのにレポートは完璧、その内容は教授たちを唸らせ、テストは満点かそれに近い

点数というのだから、毎回苦労している身としては溜息しかでてこない。


「本当にもったいない…。あ、そっちは僕が持つよ。借りるの?」


 ルルーシュがその気になれば何でもできるのにと、スザクは綺麗に積み上げられた本を持ちながらため息を吐いた。

 軽々と分厚い本を数冊持ったスザクはルルーシュの指示に従って元の場所に戻し、馴染みとなった司書に二人で挨拶をし

てから図書館を後にする。

 晴れていた空に、雲が少し出てきていた。


「寒い」

「冬だからね」

「お前を見ていると全然そう思えない」

「鍛え方が違うよ」


 ルルーシュは風が吹く度に首を竦めて身を震わせていた。

 寒さのあまり首回りの隙間を埋めるようにマフラーを直すルルーシュに苦笑しながら、自転車を押して通い慣れた道を歩

く。彼の家は徒歩で通える近さで、スザクの家は自転車で通わなければ少々どころではないくらいに遠かった。


「スザク」

「なに?」

「いい加減、家に帰れ」

「なんで?」


 今日も当然のようにルルーシュと過ごす気満々のスザクは、彼の言葉が理解出来ずに首を傾げる。彼が溜息をつく理由が

分からない。だってスザクとルルーシュは恋人同士。紆余曲折があったとはいえ、しっかりお互いの気持ちを確認したのだ。

 一緒にいたいと思うのは当然のことではないか。


「…いつまでいるつもりだ」

「決まってる。ずっと、だよ」

「ふざけるな」

「え?なに?もしかして、嫌…とか?」

「そんな問題じゃないっ、馬鹿が!」

「よかった、嫌じゃないんだね。ならいいじゃないか」

「…話を聞けよ」

「聞いてるよ。だから、それはないって」

「拒否権は?」

「一応、聞いてはあげるけど、受け入れるかは別。それより僕さ、君のところへ引っ越そうかと思っているんだ」

「冗談だろ。これ以上一緒にいる気か!」

「だって恋人同士だし」

「だとしても、一人の時間は必要だろうがっ」

 眉を寄せて怒るルルーシュにスザクは口を開きかけて、けれど大人しく口を閉じた。かわりに肩を竦めてみる。彼の言葉

に肯定も否定もしないのは、スザクが自分の時間を持つよりも彼と一緒にいたいと思っているからだ。そして実はもう、引

っ越し手続きを済ませていたりする。ルルーシュに言っていないだけで、アパートも今日で出ることになっていた。

 知られてしまうと絶対に家に入れてもらえないので、あとでルルーシュには話すつもりだ。ものすごく怒るだろうけれど、

それでも一緒にいたいのだからスザクに迷うことは何もない。

 さきほどから痛いほどに突き刺さる視線に横を向けば、憮然とした彼の顔がある。その顔すら可愛く見えるのだから、末期

だろう。顔が緩むスザクにルルーシュが眉を寄せて溜息をついた。


「ほら、着いたよ」


 文句を言いたそうなルルーシュを促して、今年の春に出来たばかりの10階建てマンションに入り、ちょうど一階に降りて

きていたエレベーターに乗る。一度も止まることなくついた最上階で降り、二人はルルーシュの部屋にたどりついた。

 このフロアすべてをルルーシュが借りているので、人に会う心配はない。貧乏学生のスザクにしてみればどんなお金持ちな

のだと思ってのだが、ルルーシュは両親や親族が過保護なのだと溜息をついていた。なぜか妙に納得してしまったスザクは、

機嫌を損ねた彼を宥めるのが大変だった。どうやらこの話題は地雷らしい。父親との仲が悪く、勘当同然で家を飛び出してき

たスザクには分からない感覚だけれど。


「急いで戻ってくるから」

「ここはお前の家じゃないぞ」

「んー、…まあ、そうだね」


 今のところは、と胸の内で呟いておく。


「スザク?」

「なんでもないよ」

「…まあいい、さっさと行って来い」

「ありがと、ルルーシュ。すぐ帰るから」

「だから、お前の家じゃない」

「分かってるって。じゃあ、後で」


 きっちり玄関の中まで送り届けて、スザクは鍵と財布、携帯を取り出した鞄をルルーシュに渡した。呆れ顔の彼ににっこり

満面の笑顔を向けてから扉に手をかける。


「僕が出たらすぐに鍵をかけて」

「あのな、スザク…」

「この前みたいに忘れたらダメだよ」

「俺だって…」

「そう言って、危険な目に会うのは誰?」

「分かった。分かったから、早く行け」


 肩を落としたルルーシュの頭を撫でて、スザクはもう一度念を押して部屋を出た。鍵がしまる音を確かめてから、歩きだす。

 空は厚い雲に覆われていた。


「早く済ませて戻ろう」


 自然と足早になる足を駐輪場に向け、自転車を出す。業者に荷物を何時に取りに来てもらうことにしていたんだっけ?と思い

ながら、自転車に跨った。ペダルを漕ぐ足が次第に早くなっていく。

 業者に荷物を――もちろん送り先はルルーシュの家だ――渡して、大家や隣人に挨拶をして、戻ってくるまでにかかる時間は

どれだけか。

 強い風が吹いて、回りの木々が大きく揺れる。これからもっと気温が下がるだろう。この天気だと、今夜はホワイトクリスマ

スかもしれない。


「ルルーシュのことだから、用意して待ってるよね」


 今日がなんの日か触れないようにしていたルルーシュが可愛くて、あえて話題に出すのはやめておいた。でも、冷蔵庫の材料

も、彼が隠していると思っているプレゼントもスザクはチェック済だ。

 自分だって彼へのプレゼントは用意してある。なんと今年は2つも。


 ひとつは、彼の欲しがっていたもの。


 そしてもうひとつは―――





 スザクは苦笑しながら、今日で最後となるアパートへと急いで向かうのだった。






メリークリスマス!





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