君には敵わない
深夜に近い時間帯。
そろそろ寝る準備でもしようかとパソコンの電源を落としたルルーシュは、ふと時計へと目をやった。
長針が指すのは10の位置、もう少しで日付が変わると眉を寄せたとき、ベッドに置いていた携帯が鳴る。
音を消していても相手が誰かはすぐ分かった。だからルルーシュはしばらくそれを無視し続け、向こうもそ
う簡単に自分が出るとは考えていないのか音は鳴りやまない。
しばらく意地の張り合いとなって、けれど最後は盛大に溜息をついたルルーシュが携帯に手を伸ばしたこと
で終わりとなった。
携帯画面の文字を睨みつけて通話ボタンを押す。予想通り、電話の相手はスザクだ。
「やっと出てくれた…っ」
嫌々ながら出たルルーシュに、スザクが焦燥にかられた声でよかったと呟いて電話口で涙ぐむ。
思わず、耳からはずした携帯を凝視してしまうルルーシュ。その間も、顔の見えないスザクがどんな顔をし
ているのか分かるくらい、彼はよかったよかったと連呼していた。
ルルーシュは今日何度目かの溜息をついて、離していた携帯をもどした。
「スザク」
「うん?」
「俺は機嫌が悪い」
「知ってる」
「そうか」
「うん。だから今、君の家の前にいる」
「…は?」
「だから鍵を開けて。僕と会って」
「ちょっと待て、スザク…」
「お願い、ルルーシュ」
懇願するように言われて、開きかけた口を閉じる。気がつけば、足が玄関へと向かっていた。
どうしていつもこうなるんだと、ぶつぶつ言いながら、それでも律儀に彼が望むまま玄関の鍵を解除する。
我儘な訪問者に文句のひとつでも言ってやろう。そう思ってドアを開けた。
「スザク、いつも言っている、が…って、なんだそれは!?」
今まで連絡ひとつ寄こさず、こんな時間に現れたスザクの格好――正確にはその両手に抱えられた大量のバ
ラ――に、ルルーシュは目を見開いて固まった。スザクに向けるはずの言葉が意味をなさずに消えていく。
(何を考えているんだ…こいつは)
大きなバラの花束を抱えるスザクを見て驚いている自分を取り残して、彼はいつもの笑顔で立っていた。そ
して得意技を披露する。
つまり、空気を読まない読めない天然、というやつだ。
「やだな、ルルーシュ。今日は君の誕生日じゃないか」
そんなことは分かっている。だから今日一日ルルーシュの機嫌は悪く、その原因は目の前の男だ。
「誕生日おめでとう、ルルーシュ。はい、プレゼント」
悩んだんだよ、と照れながら真っ赤なバラを差し出された。それをまじまじと見つめたルルーシュは、額
に手をやって腹の底から息を吐きだした。
「……スザク」
にこにこと笑う彼に、怒るのさえ馬鹿馬鹿しい。
「プレゼントっていえば、花だよね」
「そんな大量に買ってどうするんだ…挿せる花瓶なんてないだろうが」
「だって…」
「だって?」
「これが僕の正直な気持ちなんだもの。でもこれとは比べ物にならないくらい大きいけれどね。ねえ、ルルーシュ」
「………」
「あれ?もしかして照れてる?」
どこまでもマイペースなスザクが顔を覗き込んでくる。顔を背けて距離を取ろうとするが、彼に腕を掴ま
れてますます体温が上昇した。
これが無意識なのだから、本当に性質が悪い。
「ルルーシュ?」
「…なんだ」
「可愛い」
「………っ」
この状況で、これでもかといらぬ実力を発揮するスザクの天然ぶりに顔を真っ赤にさせたルルーシュが睨
みつけても、目の前の笑顔は変わらない。それどころかますます笑顔になるので、羞恥に耐えきれずに俯い
てしまった。
(くそっ…)
何を言っても無駄だ…、この笑顔は曲者だ…。なんだか最近、流されてばかりな気がする。
「ねえ、ルルーシュ。受け取ってくれないの?僕の気持ちいらない?」
「…っ、おまえ…」
(もうしゃべるな…!)
思わず耳を塞ごうとしたルルーシュの様子を頓着することなく、微笑んだままのスザクが距離を縮めてくる。
彼の一歩で自分が一歩後退する……ことは叶わず、腕を掴まれただけなのにルルーシュはもう動くことがで
きなかった。
「教えて、ルルーシュ」
「…お…」
「お?」
「くそ…覚えてろよお前…。なんで俺が…こんな…こんなっ…」
「こんな?」
「……一度しか言わないからな!」
「うん」
「…仕方ないから、さ…、最後まで、責任をもつ…」
だから、彼がくれる甘い言葉や蕩ける笑顔もすべて自分の物。覚悟しておけ!と、宣言した途端、スザク
の顔に広がった綺麗な笑みはルルーシュを熟れたトマトにするには十分だった。穴があったら即座に入りた
いと、切に願う。
「うん…うんっ、ありがとうルルーシュ!覚悟なんてとっくにできてるけど、約束するよ」
「…そ、そうか…なら、いい。のか…?え、あ…っと…あ、その、あ、上がっていくだろ?」
さっきからものすごい勢いで早鐘を打つ心臓が心配になりつつ、ルルーシュは甘ったるい空気を消したく
て急に話題を変えた。苦しいそれは、もちろん照れ隠しだ。
けれどスザクの笑みは深くなるばかりで、いたたまれなくなったルルーシュは俯いた。
「ううん、今日は帰るよ」
「え、帰るのか?」
思ってもいなかった返事に驚いて、俯いていた顔を上げる。てっきり今日は泊まっていくのだと思っていた。
「朝早くから仕事なんだ」
「…そうなのか」
「うん、ごめんね。だからルルーシュ、近々仕切り直しをさせてね。…二人っきりで」
「…え…」
スザクが素早い動作で軽く触れるだけのキスをして、目を見開いて驚いているルルーシュに苦笑しながら離れていく。
あまりの早業に、反応できなかったルルーシュが混乱から立ち直った時には、すでに彼の体は離れていた。
「す、す…っ」
「じゃあ帰るね。ルルーシュ、夜更かしは駄目だよ」
「スザク!」
ようやく名前を呼ぶことができたルルーシュに、手を上げたスザクはそのまま玄関を開けて外に出る。
一度ルルーシュを振り返って手を振り、そして背を向けて走り出した。
「……」
あっという間に見えなくなる。ルルーシュは彼の姿を飲みこんだ暗闇をしばらく見つめ、ふと手元に視線を落とした。
いつの間にか自分の両手におさまっている花束と、消えてしまった彼に会う前の不機嫌。
「……馬鹿が…」
そう呟いて、ルルーシュは彼の気持ちがつまったそのバラの花束にそっと口づけを落として、笑った。
ルルーシュ、おめでとう!
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